岩崎有一 IWASAKI YUICHI
02 コートジボワール首都アビジャン
サッカーワールドカップ
今年の夏から初秋にかけて、南アフリカを訪れた。
来年のサッカーワールドカップ開催を控えた南アフリカがどんな様子なのかを、自分の眼で確かめたかったかららだ。
この国を訪れるのはこれで4度目となるが、今回も何事もなく帰国することができた。
寒い南アフリカ
それにしても、寒かった。
寒いことはわかってはいたが、それでもやっぱり寒かった。
ワールドカップが開かれる9つの都市すべてを訪れてきたのだが、ネルスプリットを除いては、いずれの都市でも夜は気温ひと桁まで下がる。
日中でも20度に達することはない。
暖炉に薪をくべ、湯気の立つコーヒーをすすっている光景は、あちこちで見られる。
ワールドカップ開催時期は6月から7月にかけてだから、私が訪れたときよりももっと寒いはず。
南アフリカの治安を心配する記事は多く目にするが、寒さ対策を促す記事も、もう少しあってもいいかもしれない。
実際、半袖の着替えしか持って来なかった日本人観光客と出会っている。
アフリカは暑いものと思ってやってきた観光客向けに、スタジアム前やホテルでフリースのジャケットやひざ掛けを売り出したら、いい商売になりそうだ。
衣食住
南アフリカでは、「寒いアフリカ」のほかにも、アフリカっぽいものをイメージしていると想定外となる風景は多い。
街に建つ建造物はヨーロッパのそれと比べてなにも遜色なく、道をゆく自動車も程度の良いものが多い。
宿も、清潔で美しい。安宿であってもたいていは糊のきいたシーツにありつくことができるし、1泊3000円も払えば、キッチン付きのコテージ風ホテルに泊まることが可能。
主要都市間の行き来は、日本の長距離バスと同じような大型バスが、かなり規則正しく運行している。
飛行機の国内便も使いやすく、レンタカーも安い。
また、かなりの程度、キャッシュレスで過ごすこともできる。
空港はもちろん、スーパーでもレストランでも本屋さんでもガソリンスタンドでも、クレジットカードを使うことができ、現金が足りなくなっても、あちこちにあるATMでキャッシングができるので安心だ。
食事の心配も無用。
少なくとも、ワールドカップの開催都市には和洋中のレストラン(「和」も、です)があり、マックやKFCなどのファーストフード店も夜まで営業している。
南アフリカにおける衣食住の環境は、ヨーロッパや北米の雰囲気に近い。
治安
確かに治安は心配事だが、決死の覚悟で訪れるような国でもない。
夜に独りで出歩かない、ポケットに多額の現金を持たない、金目のものを外から見えるように身に着けないなど、海外旅行について一般的に言われることに気をつけつつ、泊まる宿の主人にその土地の注意事項を確認していれば、まずは問題ないと感じられた。
南アフリカでのワールドカップ観戦は、決してハードルの高い海外旅行ではない。
Tシャツの上に羽織るあったかい格好さえあれば、たいていの日本人は、南アフリカ滞在を快適に過ごすことができるはずだ。
食事
思いのほか「普通」に過ごせてしまう南アフリカだが、ホテルとスタジアムの往復だけでは見えてこない風景も、もちろん同居している。
表面的にはきれいなレストランばかりに見えるが、現地ならではの食事も健在だ。
メイズの粉にお湯を加えて練ったパップと、牛肉や鳥肉などのシチューをあわせたパップアンドミートは、アフリカならではの食事。素手で食事をするのも、「ならでは」だ。
街を散歩すれば、実に多くの言語が話されていることに気づく。
目が慣れてくれば、アフリカ系の顔立ちといっても、髪質や体躯など、多様な特徴が見て取れる。服装も多岐にわたっている。
自然と、アフリカといっても様々だよなぁと感じられるだろう。
労働者
レストランやホテルで働く従業員の多くも、外国人だった。
昼間でも薄暗い密林の茂るルブンバシから出稼ぎに来たコンゴ人のホテルマン、ダルフール難民が今も多く残るアベシェから留学中のチャド人の学生、民族間のしこりは消えていないとうつむき加減に話すルワンダ人のバーテンダー、今はまだ帰る時期ではないと言っていたジンバブエ人のサンドイッチ店主など、日々接する人々に声をかけるだけで、様々なアフリカ大陸の事情が聞こえてくる。
現金収入を求めて、またはやむを得ず外国からやってきた人々が、南アフリカの様々な現場を下支えしていた。
出稼ぎ組みが今恐れているのが、ゼノフォビア(外国人に対する嫌悪感)。ワールドカップが終わって「人手」が不要となったとき、ゼノフォビアが剥き出しになって自分たちに向いてくるかもしれないと、ワールドカップ後を心配する声は少なくなかった。
アパルトヘイトが終わった現在も、粗末なトタン屋根が延々と続くタウンシップ(旧黒人居住区)はそこかしこに見られる。
夜のタウンシップを訪れてみると、街中の場末の酒場と比べても半値に近い額でビールが売られていることに驚いた。
「タウンシップに飲みに来た白人(彼らにとっては僕も白人)はあんたが初めてだ」と歓迎を受けながらも、「街中の夜は、白人と、ほんの一握りの裕福な黒人のための場所」、と言われているようにも思われた。
少し意識して眼を凝らし、ちょっとだけ耳を澄ませば、ワールドカップを通して、南アフリカならではの風景が、すうっと胸の中に入ってくる。
現地を訪れる人にとっても日本で観戦する人にとっても、南アフリカでの開催がアフリカを知るきっかけとなるように、僕は願っている。
第2回 ヨハネスブルクの街角
第1回 コートジボワール首都アビジャン
岩崎有一 いわさきゆういち
ノンフィクションライター、武蔵大学メディア社会学科非常勤講師
アフリカ諸国26カ国を踏破、以降、2年に1度のペースで訪問する。